にんげんクローズアップ

自分や自分の周りの方々について語ります。

プロレス名語録 その3 「しょっぱい試合ですいません」

平田よ・・・sad

いや、まあ・・・実は私、スーパーストロングマシンは大好きなんです。

平田に良く似てる、とか言われているマシンですが、どこが?!ってカンジです(笑)

一緒にしてほしくないなぁ・・・coldsweats01

とにかく、マシンは・・・ブロンドアウトローズとか、魔界倶楽部に属することになっても好きでしたねcatface

「魔神風車固め」とか「マシンラリアット」・・・強かったです。

マシン軍団なるものは、いまも増殖しているのだろうか・・・。

っと、セリフはあくまでマシンではなく、マシンに似ても似つかない(笑)・・・平田淳嗣のものでしたね。

「しょっぱい試合」っていうのは、「しまらない試合」「お客に見せられないような恥ずかしい試合」のことを言うんでしょうね。

この業界の専門用語だったと思うんですが・・・平田のこの発言で一躍メジャーになりましたね。

最近の平田は目の調子が悪いようで、離脱中ですが・・・かわりといってはなんですが、スーパーストロングマシンに頑張ってもらいたいものですhappy01

・・・・・・・・

・・・レイソルもしょっぱい試合続きですが、しょっぱくても良いからとにかく勝ってほしいです!

そして勝った時には「しょっぱい試合ですいません」って誰かヒーローインタビューで言ってほしいなぁ・・・なんてね(笑)

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プロレス名語録 その2 「You’re Fired!」

おなじみの?、WWEのビンス・マクマホンの名言です。

和訳は「キサマはクビだ!」です。ビンスはWWEの社長なので、気に食わない社員(レスラー)をこう言ってクビにできるのです。(実際にはしないことが多い?ですが)

・・・ビンスなら、「Kiss My Ass」という迷言もありましたが、お下品なので・・・。

とにかくこのビンス社長、芸達者です。

客をバカにするわ、やりたい放題だわで、ステージ(リング)ではヒールになりきります。客を煽りまくります。

客からのブーイングなぞ、どこ吹く風てなもんです。

・・・そして最後には人気レスラーにやられる、という・・・勧善懲悪のパターンです(笑)

とくにビンスが‘ストーンコールド’スティーブ=オースチンに「スタナー」という必殺技を喰らうときなんか、最高です。お客さんも大盛り上がりです。

ビンスあってのWWEといえるかもしれません。WWEになくてはならない社長です。

・・・・・・・・・

どこかの‘禿社長’も、覆面をつけたN部アンバサダーに、

「いいかげん引退しろ!」

と、レベスタのセンターサークルでスタナーをかまされればいいのに・・・その様を見たアビサポは狂喜乱舞ですな(笑)

いや、レベスタで勝ったら毎回、ジャンボ劇場で禿社長が‘今日のヒーロー’にスタナーを喰らうという・・・うん、この余興はイケるかもしれない!!

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ココはあえて・・・湿っぽい話は、ナシにしようや

こんばんは。

三沢光晴死す、の悲報を受けて、もうそろそろ2日経ちます。

ひとりのプロレスファンとして、彼を失った悲しみに打ちひしがれることは容易ですが・・・

・・・みなさん、

ここは涙を流すよりも、彼の雄姿を瞼の裏に思い浮かべ、

「いかに三沢は凄かったか」

というようなこと等、三沢のことを色々と語り合おうではありませんか。

・・・ためらいもなく「プロレスは自分の人生」と言い切った漢、三沢光晴。

そしてリングの上で雄々しく散った漢、三沢光晴。

決して忘れることはないでしょう。

ありがとう、三沢。

・・・・・・・・・・・・・・・

私が三沢光晴を生で見たのは、ZERO-ONEのリングで2度、ノアで2度、新日ドーム大会での計5度です。

2001年にノアの宣伝も兼ねてZERO-ONEで闘っていた姿(その頃は橋本に協力してくれたので、それだけで私は三沢を好きになってしまいました)・・・というか、会場のファンの声援のすごさにまず驚きました。

それまで私は三沢を全日時代の「鶴田越え」の武道館の試合をTVで見たくらいで、その後の四天王時代はあまり全日を見ていなかったから・・・三沢の存在の大きさを、両国や武道館などでのファンの大声援を背中から浴びて、身をもって知りました。

思い返すと・・・月並みなことばになってしまいますが、三沢は常に全力でしたね・・・当時ノアを立ち上げて間もない時期でしたから、かなり気合は入っていたと推察できます。

その後の有明大会で、高山をエメラルドフロウジョンで破りGHC王座に就いた試合も生で見ました。

高山も強かったけど、高山の攻撃を真正面から受けて、なおかつ自身も捨て身で攻撃して高山を破ったさまを見て・・・こりゃ強すぎる、と思いました。

新日派だった私でさえも、新日の蝶野はすでに慢性的に首が悪く、武藤はヒザがボロボロであることから、その頃は三沢がプロレス界では最強じゃないかと思ったほどです。

とにかく、真っ向勝負でいつも闘っていた・・・ファンの期待を決して裏切らずに頑張っていた三沢は・・・ほんとうに最高の漢だぜ!

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プロレス名語録:その1 「こんばんは」

といえば、ラッシャー木村・・・。

言わずと知れた、マイクパフォーマンスの「鬼」ですね。

タイトルの「こんばんは」から始まった、数々の名言。

「これだけ馬場と試合をするとな、とてもな、他人とは思えなくなるんだよ」

「お前のことをな、兄貴って呼ばせてくれ!」

「渕選手 おまえは早く 嫁もらえ」

「・・・あけましておめでとうございます」

・・・プロレスはリングの上だけで展開するものじゃない、ということを教えてくれました。

そして、楽しいプロレスが存在することも教えてくれました。

マイク1本で「プロレス」ができる稀有な漢、ラッシャー木村。

長年に渡る活躍・・・実力もあったが苦労もしました。

でも、プロレスの歴史に燦然と輝くその存在。すばらしいの一言に尽きます。

現在は引退し、プロレスリング・ノアの名誉終身会長に就任。

第一線から身を引いたカタチになりましたが、

また、マイクで観客を沸かせてほしいと思います。

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今こそ「何苦楚魂」

遺伝性球状赤血球症 と 劇症Ⅰ型糖尿病 

実は2つの十字架を背負う漢、軍曹。

しかしこの世に生を受けたからには、いつでも前進あるのみ。

病だろうがなんだろうが、

「何苦楚魂」

コレで生き抜くまでだぜ!

・・・・・・・・・・

・・・とまあ、おおげさなことを書いてしまいましたが、精神的にはいたって普通です(笑)

さて、当面の願いは

「レイソル、アウスタでリーグ戦初勝利」

↑コレですよ!コレしかないっ!!

しっかりと勝って、安心したいhappy02

レイソルも苦しい台所事情ですが、私と同じく

今こそ「何苦楚魂」ですよ!

歯をくいしばって、闘うんです。

そうすれば、きっと良い結果がでます。

そう、信じていますhappy01

 

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水嶋ヒロ&絢香

ほう・・・会見の全文を読まさせてもらいましたが、なかなか立派じゃあないですか。

ついつい芸能記事ですと、「行間」を読んで邪推してしまう私ですが、

なかなかどうして・・・この2人は若いのに大したものです。

「この人を逃したら、一生後悔すると思った」ですと!?

・・・いや、参りましたconfident

そこまでなかなか言えるもんじゃあないです。

私も言ってみたい・・・でも、私の場合はまだこれからですから・・・。

焦ってはいけない・・・でも、相手もまだバリバリの「売り出し中」だから。

いつソールドアウトになってもおかしくはないんですよね・・・bearing

・・・とまあ、悩んでいてもしょうがない。

信じるしかないです。

ともかくですね、

確かに言えるのは、この2人を見ていて「うらやましい」と自分が真剣に思ったこと!

今までなら、たぶん「フン、カッコつけてんじゃねぇよ」って内心思って、斜に構えて見ていた・・・かもしれないから。

そういうのは、もうやめておきます。

ですので、これからも人生に前向きに生きていきますよ!

週末は、前向きに広島・博多遠征しますhappy01

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今日は勝ちましょう!

なんてったって今日は軍曹の誕生日!

ちなみに・・・

06年3月25日 柏レイソル1-0水戸

07年3月25日 柏レイソル1-2大宮

と、過去5年では1勝1敗です。

ちなみにアビスパは・・・

06年3月25日 アビスパ福岡1-1甲府

07年3月25日 アビスパ福岡4-1水戸

となっております(今日、アビスパは国立で栃木と試合です)

・・・なんにせよ、今日は勝とう!

今季初勝利を目指して、仕事が終わったら日立台に駆けつけます!

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ゲリラ ロングインタビュー 後篇

家族。

それは辛く悲しかった時を経て、生まれ変わった柏レイソルの新たなコンセプト。

家族のように温かく見守る。そして、いつ、どこででもサポートする。

それがゲリラ一家にも浸透した今、将来はどうなっていくのか・・・。

ゲリラ ロングインダビュー、ここに完結!

・・・・・・・・・・

ゲリラ「最初は仕事仲間と試合を見に行ってて、終わったら飲みに行って。・・・飲むために見に行く、みたいなトコロもあって。」

X「奥さんは一緒じゃなかった?」

ゲリラ「妊娠してたときは行けなかったしね。子供が産まれて、じゃあいっしょに見に行こうか・・・ということになって。で、行ってみたら楽しかったんじゃないかな・・・それから行き続けるようになったから。

でも、有名な選手が来ないと嫁は行かなかったね。カズとかね。あとはマリノスとか。誰でも知っているような選手が居るチームが相手のときね。」

X「じゃあJ2の頃は有名どころは居ないから・・・タイヘンだったんじゃないですか?」

ゲリラ「家族でアウェイへ行ったのは例の小瀬での入れ替え戦が初めてだったから・・・それからはまああちこち家族で行ったけど。まあ、山形とかJ2は温泉地が多いから、嫁はなんだかそっちも期待していたようなところはあったかな。J2のアウェイは家族旅行も兼ねていたね。

・・・とにかくウチが年間シート買うまでハマるとはね。買うことについて反対されなかったし。年間シートってのもお金持ちが買うもんだと俺も思っていたしね。」

X「(窓の外を見て)あ、桃太郎スタジアム。」

ゲリラ「あ、これ?・・・・なんか並んでる。」

X「え、もう?まだ朝の9時半ですけど。」

ゲリラ「10人くらい居る。」

X「話を戻しまして・・・ゲリラさんの奥さんも、私が見るにだんだんと歩哨さんちの奥さんに負けないくらい、筋金入りになってきていますよね。ベビーカー押しながら日立台に来るのが、まったく違和感がなくなってきました。」

ゲリラ「ね。うちの子たちも、生まれる前から日立台であの歌とか聞いているから、試合中でも寝られる(笑)。寝られる余裕もある。」

X「生活がスタジアム、っていうヤツですね。」

ゲリラ「うん。そう。

・・・他の人から見るとさ、こんなちっちゃい子を寒いところ暑いところに連れて行って、なんて思うんだろうけど、ウチはなんというか、‘無理矢理’というカンジじゃあないんだよね。

親の趣味の犠牲になっているって、最初はそうかな、って思っていたんだけど、ウチはどうやら違うように思えてきた。

レイソルの試合を見に行く、って言うと子供は「当然連れて行ってくれるもの」と思っているから。‘今回は遠いから1人で行ってくる’となると「なんで?!ヒコーキで行く?ズルイ!!」って怒るし(笑)

昔だったら「バイバーイ」って言ってたんだけどね・・・。」

X「はぁ・・・」

ゲリラ「子供の趣味を‘レイソル’にさせちゃったような・・・そういうカンジだね。」

X「まあ、でも近い将来は子供も成長して‘親となんか一緒に行ってられるか’ということになるんじゃないですか。中学高校となると自分で部活に入って、レイソルどころじゃなくなるかもしれませんね。」

ゲリラ「それはそれで良いことだと思う。友達同士と遊ぶようになって、いずれ反抗期も当然あるだろうからね。それで一度離れちゃったとしても、またいつか一緒に見に行けるようになれば・・・良いよね。」

X「そうですね。」

ゲリラ「あと子供が親以外の大人と接することができたのが良かった。理事長とか軍曹とか・・・外見が怖い大人とか・・・そういう人たちと毎週会っているから人見知りというものが無いよね。

日立台がなんだか‘子供を育む場所’みたいになったのも、06シーズンを乗り越えてきたからだと思うし、そう思うとあの辛かった時代というのもね・・・」

X「結果的には悪くなかったんじゃないか、と」

ゲリラ「うん。まあね。」

X「J1とかJ2とか・・・戦うカテゴリーがドコだろうと、まずはレイソルありきなワケですよね」

ゲリラ「J2に落ちたときはそりゃスゴいショックでしたけど・・・今はねぇ。嫁も‘落ちたって今と変わらず応援するし’って言うし。」

X「落ちた時こそ頑張らなきゃ、って?」

ゲリラ「うん。そんな感じ。

今回監督が変わることになって・・・いまちょっとサポーターとして不安かもね。

いまのこのいい雰囲気を作り上げてきたのは石崎監督によるところも大きいわけだから、来年居なくなっちゃって、その雰囲気がもし無くなってしまうんじゃないかと、そう思うとちょっと怖いね。

06シーズン頑張っていた選手も今何人残っている?半分くらいはもう居ないでしょ。

でも、そんな中でフランサがまだ居てくれるっていうのは凄いね。もう5年だっけ?」

X[3年半くらいじゃないですか」

ゲリラ「そっか・・・」

X「来年からはレイソルも変わると思います。来年どうなるかまだわからないですけど、これからも家族で応援するスタイルは変わらないですよね?」

ゲリラ「当然!まずは今日勝って、元旦国立に向けて突っ走らなきゃ!」

X「今日はありがとうございました。」

(12月20日 岡山市内にてインタビュー)

・・・・・・・・・

その日、岡山でサンフレッチェ広島に圧倒されながらも、延長に突入。フランサの技ありゴールで辛くも勝利を掴む。

そして準決勝エコパでガスを破り、ついに元旦国立を現実にしたレイソル。

石崎監督の最後の試合を飾ることはできなかったが、いまだ日本の頂点への道のりが長いことがわかった、元旦国立でした。

新しい監督のもと、レイソルがどう進化していくか。

私もゲリラさんも注目しています。

・・・今回のインタビューではやはり「家族」という言葉が印象的でした。

自分の家族、そしてレイソルを通じて広がった「家族」。

試合の勝ち負けのみにとらわれず、選手・サポ・クラブが互いに支えあって‘家族としてともに生きていくこと’をまず一番に大事にしていきたいと、私はそう思いました。

今回のロングインタビューは、ここまで。

次回はいつになるやら・・・(笑)。

また、お会いしましょう。

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ゲリラ ロングインタビュー 中篇

「・・・ヤバイね、これって(笑)」

そう言って笑うゲリラさんの笑顔に、嘘偽りはない。レイソルに対する熱い想いはもう誰にも止められない。

レイソルにどっぷりとハマった自分。そして自分の家族もだんだんとハマってゆく。以前は自分の趣味で家族に無理を強いているのでは?と自己批判をしたこともあったというゲリラさん。今では家族総意のもと、日立台はもちろんのこと、アウェイにもできうるかぎり現地へ駆けつけています。

ゲリラロングインタビュー中篇は、ついにアノ話題に触れます・・・!

・・・・・・・・・・

X「例の居座りの試合・・・ナビスコで犬に1-5で負けた試合は、日立台に居ましたか?」

ゲリラ「居た。最後まで居たかな?バックスタンドに居て・・・そのうちG裏から‘残ったってなんも変わらないんだから帰れ’って言われて。そんなのクラブ側が言うことであってG裏が言うことじゃねえだろと、バックスタンド側の誰かが言って。それでちょっとモメたのかな。

そんとき息子をリュックの上に乗せながらその騒ぎの仲裁に入ったの。そしたら‘お父さん、頑張ってんね’って言われたの。振り返ったら、み○長だった(笑)。それからみ○長に顔覚えられちゃった(笑)

ああ・・・でも居残りは、いちばん最後までは居なかったかな・・・。寒くなってきたから子供がね。かわいそうだから最後まで居ないで帰ったかな。」

X「で・・・あの後、有志で何回か集まりましたね。ゲリラさんは我孫子の集会に?」

ゲリラ「そう。あんとき・・・理事長は居たかな。歩哨さんも。あとは・・・ウチの会じゃなくてG裏の人とか。ほかの会の人とかも居て。

俺は・・・最初はね、野次馬根性で出席してて(笑)。ウチの会には入ってなかったけどなんか熱い人たちがバンバン熱いこと言っていて。俺はあんまり発言するつもりは無くって。後ろのほうで聞いていて。

・・・1回目と3回目(の集会)に出たのかな。」

X「私は東京のとき(2回目)出ましたよ。あのときは・・・ラッセルさんとかのらさんとか居ました。でも、今は会に居なくなっちゃった人が多かったですね。」

ゲリラ「そう思うと、けっこう(会の人数が)減ったよね。前は柏の市民会館かなんか借りてやったでしょ。あんときけっこう居たと思ったけど・・・顔とかもう忘れちゃったけど。

あのときは・・・まとまっていたのかな。J2に落ちて・・・上がって・・・サポがまとまってきたからね。あんなんやる必要性がなくなっちゃったのかも。」

X「今はサポとクラブの関係が良好になっていて・・・ちょっとうまくいきすぎの感じもしないではないですが。」

ゲリラ「早野のときがスゴかったもん。ワケわかんなかったもん。あのときはホント、ヒドかった。

06年入れ替え戦第1戦、小瀬でやって負けたんだけど‘まあいいや。日立台でコテンパンにやっつければ’って思ってたんだけど。その第2戦・・・後半、記憶ないもんね。」

X「ゲリラさんは、水といいちこ(大分のメジャーな麦焼酎)が選べて、あえていいちこを選んで水で割らないでそのまま原液でうがいする※くらいだから、その時も相当酔っていたのでは(笑)?」

ゲリラ「酔ってなかったよ(苦笑)。あのときは絶望感が襲ってきちゃってね。後日ビデオで見ても、あんま覚えてないもんね。

下向いて泣いていたのかな。とにかくイヤなことだったから、記憶を消してしまったのかもしれない。」

X「私は・・・第2試合はあの野郎が退場してから、なんかあっという間に時間が経ってしまったように感じたんですよね」

ゲリラ「とにかくね・・・記憶がないんだよね。」

X「06シーズンでは、どの試合が印象深いですか?最終節除いて。」

ゲリラ「開幕戦かなぁ・・・。その前のちばぎんもね、けっこう楽しめたから開幕戦もいけるんじゃないかと思ってね。勝てると思ってて・・・相手をナメていたね。あのときロスタイムかなんかで・・・逆転されたんだっけ?」

X「同点にされました。」

ゲリラ「そっか・・・。あと、天童温泉の宿に泊まったとき(第4クール山形戦)。あのときは試合云々よりも天童の街の人が‘なんで柏から来たんですか?’みたいな、サッカー知らない人が多くてビックリしたね。来季山形はJ1かぁ・・・名称が‘月山山形’に変わるっぽいんでしょ?アレは無いよなぁ(笑)。」

X「そうですね。」

ゲリラ「まあ・・・最初、ひとりで日立台行くことが当たり前だったのが、だんだん家族も日立台に行くようになって・・・06シーズンでは、アウェイも当たり前のように家族で行くようになっちゃったってのは・・・やっぱスゲェなあって思うよ、我ながらね(笑)」

※・・・ゲリラさんは岡山での試合、ノドを潰してしまい、応急処置として「水」ではなく「いいちこ」でそのままうがいをしました。「スーッとして気持ち良かった」とは本人の弁。良い子はマネしないように(笑)

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ゲリラ ロングインタビュー 前篇

ロングインタビュー第2弾では、このブログでたびたび出てくる「ゲリラ」さんが登場です。

自称「柏バカ」。まさに柏バカ一直線なゲリラさんはいったいどのようにして柏バカに至ったのか・・・疾風怒濤のゲリラ岡山遠征記念、J’s Life独占インタビュー本邦初公開!

・・・・・・・・

インタビュアーX、(以下「X」)「おはようございます。今日はゲリラさんの人となりを知ってもらうためのインタビューをします。よろしくお願いいたします。」

ゲリラ「どうも~。」

X「まずは・・・サッカーとの出会いから語っていただきましょうか。ゲリラさんが最初にサッカーに興味を持ち始めたのはいつごろ?」

ゲリラ「中学3年のころ、トヨタカップを見に行ったときからかな・・・サッカーに興味を持ち始めたのは。

その頃はタダ券を毎年のようにもらっていたので、そのたびに国立競技場に行ってたね。

印象深いのは高校生のとき見に行った試合・・・ユベントスが出てて。プラティニのあの幻のゴール・・・オフサイドのシーンね。

あと、その次の年のトヨタカップは雪がすごくてボールが破裂しちゃった試合。あれはすごかった。試合後、雪で家に帰れなかったしね。」

X「大雪の試合は私も覚えてます。あの日私は高校受験に備えて巣鴨で模擬試験してましたよ(笑)すごかったですよね~雪。」

ゲリラ「その頃のトヨタカップは、大きなフラッグをタダで貰えたんだよね。欧州か南米か・・・選べたんだよ。それでユベントスを選んだ記憶があった。」

X「トヨタカップは年1回のお祭りで・・・それ以外ではサッカーとの接点はありました?」

ゲリラ「それからはサッカー部の友達とかと、読売クラブの試合を見に行ったりしていたねぇ。

日産の試合も見たかな・・・木村和司のFKとか、‘なんじゃこりゃぁ!’って驚いた記憶がある」

X「日本代表の試合をご覧になったことは?」

ゲリラ「昔はちょくちょく国立では見ていて・・・本格的にはJリーグが始まる前の年からで。

Jが始まる前に、なんかジーコが来るからって、それで最初は鹿島を見て。

でもあの頃はJリーグのチケットが取れなくて。そんで鹿島も遠くって・・・車で2時間くらいかかるし。

それでそのうちカレカが柏に来るとかっていう新聞記事を見て、‘あ、柏のほうが近いや’ってことで。柏はチケットも取れるし(笑)。」

X「Jリーグと並行して、代表の試合も見ていました?」

ゲリラ「うん、代表も見てた。最後に代表戦を(現地で)見たのは・・・日韓戦。

ランスW杯予選の前の親善試合。中田英寿のA代表デビュー戦。

引き分けだったんだけど。あのとき初めて嫁さんを連れて行ったね。」

X「予選の本番は・・・?」

ゲリラ「それは(現地スタメンは)無かったね。でもジョホールバルには行ったよ。友達が向こうに居てね。‘日本がこっちで試合やるのになんで来ないの?’って言われちゃって(笑)

向こうではチケットを観光協会経由でタダで良い席のチケットもらってね。自分は格安の航空券だけ取って、嫁さん連れてジョホールバルまで行きましたよ。

あんときはね・・・あそこに居た日本人はみんな現地で仕事している人たちばっかりだったから。商社マンとか。日本人はすごい居たけど、本土から来てる人はそんなに居なかったんじゃないかなぁ。

試合はねぇ。あんなに劇的になるとは思わなかったね・・・・(しばし無言)。

でも、それでもね、やっぱり(06シーズンの)J2ほど(の興奮度)じゃないね。今思うとね。

だって・・・ここまでレイソルにハマるなんて、思わなかったもん。」

X「ええ・・・」

ゲリラ「以前はレイソルに対しては‘自分が(スタジアムに)行っても行かなくてもおんなじ’って思ってたの。

面白そうな試合は見に行こうと決めてて・・・対戦相手によりけりだったね。

で・・・ミョンボが来て・・・。ああ、あの頃(99年頃)は良く行ってたのかな。」

X「スタジアムでは、どこで見てました?」

ゲリラ「ALで。で、取れなかったらSFとかARで。娘のデビュー戦がマリノス戦で・・・ARで見てたかな。

いつだったかな。いま8歳だから・・・2000年か?。落ちそうになったとき?」

X「2000年だと0歳だから見に行けないですよ。」

ゲリラ「そうか・・・福岡と入れ替え戦やった年。

え、それは2004年?じゃあ違うな・・・。

その前・・・2002年だね。最終節ホームで、落ちる落ちないってとき。

娘がまだ赤ん坊で、レイソルが点取って自分が喜んじゃって、娘ぶん投げていたら後ろの人から‘あぶないですよ’って言われちゃって(笑)でも娘もなんか喜んでて。」

X「アハハ(笑)」

ゲリラ「後ろの人も‘あっ・・・喜んでるんですね’って(笑)

・・・うん。それからだね・・・ハマったって言えるのは。でもそれからが・・・ヒドかったもんね~。

サポと選手は仲悪いし。選手は日立台でやりたくないって言うし。」

X「スタジアムは殺伐としてましたね。」

ゲリラ「そんで(J2に)落ちちゃって・・・。

‘もうサポーター居なくなっちゃうんじゃないかな’って思って。

でもね、俺、弱いの好きだから・・・‘今(スタジアムに)行かないでどうすんだ’ってそのときは思ったね。」

X「実際、落ちた時減りましたもんね、サポーター」

ゲリラ「昔は選手を見に行ってたんだけど・・・今は選手とか、自分の中ではあんまり関係なくなってきてるしね・・・。

チームがあればそれで良い、みたいなカンジかな。・・・ヤバいね、これって(笑)」

(中篇に続く)

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蜂軍曹 ロングインタビュー その4

(蜂軍曹が生まれて1年半が過ぎ・・・残念ながら今年もアビスパはJ1昇格は露と消えました。今後の蜂軍曹の行動は?そして、蜂軍曹はこれからアビスパとどう共に歩んでいくのか・・・・。感動のロングインタビュー最終編!)

X「さて・・・08シーズンのJ2は第41節を終了し、アビスパ福岡は勝ち点51の9位。この成績についてはどういうご感想をお持ちですか?」

軍「リトバルスキーを引っ張りすぎたこと、そして突然解任したこと。それらマイナスの要素を踏まえると、妥当な順位だと思います。

ザスパより順位が下。以前からのアビスパサポにとってそれは屈辱以外の何物でもないと思いますが、現実を現わしていると思います。ザスパ以下という事実は認めざるを得ないと思います。

無論、そこに至ったのはサポーターのせいだけではありません。フロントの迷走っぷりが、アビスパ凋落の原因の90パーセントだと思います。特に社長の罪は重い。社長自身がそれを自覚してないぶん、なお悪いです。

それでもレベスタには多くのアビサポが来てくれている・・・現場はフロントに不満はあるかもしれないが、試合ではできるかぎりのことはやってほしい。それがピッチで表現できていれば、サポーターにはその一生懸命さが必ず伝わります。来てくれた人に「負けちゃったけど、頑張ってたよね」「今日は残念だったけど、次は絶対勝つよ」という感想を持ってもらえればイイと思います。

ピッチ外では迷走は続きそうですが、レベスタでは精一杯やってほしい。アウェイでももちろんです。ですが目先の勝利ばかり掴むのでは意味がありません。いつか掴む栄光のため、今は再び臥薪嘗胆の時期であると思います。しっかりしたチーム作りをして、チャンスがあれば昇格争いに加わっていければなと思ってます。」

X「来シーズンも厳しい闘いが続くと?」

軍「敵は本能寺にあり・・・。語弊があるかもしれないけど、身内に敵がいるのですから。来年のアビスパの闘いはもっと厳しくなると思います。

そうそう!全く話は変わるんですけど・・・ウルトラオブリってあんまり評判よくないじゃないですか。でもね、今年の三ッ沢(横浜FC戦)で・・・そのときはリトバルスキーを解任するかしないかで、なぜか様子見の3番勝負を社長が設定して・・・その2番目の勝負だったんだけど、そこで試合直前にコールリーダーが‘オレらサポーターまで腐っちゃいけないから声出していこう’というようなことを言ったんですよ。それ聞いてちょっと感動しちゃってね。イイこと言うなぁって。アビスパサポーターって良いなぁと思いました。・・・ごめんね。話逸れちゃったね。ただ言いたかっただけなんだ。」

X「ますます厳しくなる闘い。蜂軍曹も来シーズンはこれまで以上に頑張らないといけませんね!」

軍「体力が続く限り、応援していきます。できるだけ現地スタメンで・・・ね。それが軍曹スタイルですから(笑)」

X「TRでの立場が悪くなるのでは?という心配の声も聞こえてきますが・・・?」

「誰にも止められないでしょ?この気持ちは・・・(注)」

X「あぁ・・・。そうですよね!」

軍「話は変わって、自分のことなんですけど・・・病気(9月に糖尿病を発症)になって・・・まあこれは遺伝のせいもあるんですけど・・・‘なんでオレなんだ’とか、最初は色々考えちゃったりすることもあって。でもうつむいてばかりはいられないなとはいつも思うんですけど、なかなかね・・・(笑)。難しいです。

でもね、私はいままで選手たちには・・・試合に負けてがっくりとうなだれて客席にやってくる彼らには・・・‘顔を上げろ!精一杯やったんなら顔をあげて胸を張って歩け!’とか行ってたんですよね

私もそういう選手の立場になって考えれば・・・。今まで自分は精いっぱい生きてきた。ちょっとくらいのハンデ背負ったって、それがどうしたってんだ、と。今までどおり一生懸命生きてみろと。そんなカンジで最近は励まされているのかな。

そうやって周りの家族・友人に励まされている、って思うとね。精一杯生きてみようじゃねぇか、って思うワケですよ。

病気になりました、つらいです、だから‘軍曹’やめます・・・そんなのはただの人生の負け犬だよと。それは自分の本意ではないですね、やっぱり。

これからもいままでどおりですよ。蜂軍曹はまだ始まったばかりですから。がんばります。」

X「これからも従来どおり活動されると?」

軍「そうですね。博多に行くのは今年はもう無いですが・・・来年も行きますよ。」

X「しかし・・・‘帰省’という表現はいつから?」

軍「今年からかな。私にとっては第2の故郷だから・・・あれ?第3の故郷?どっちかな」

X「第3?」

軍「いや・・・もうひとつ、カニで有名な・・・雪深い地方に縁があるような。まあ、気のせいでしょう(笑)」

X「来年は何回博多に帰省するおつもりですか?」

軍「4回!」

X「大きくでましたね」

軍「じゃあ2回・・・」

X「どっちなんですか!」

軍「すいません。まだ決めてません・・・。」

X「それでは最後に。ズバリ!蜂軍曹にとってアビスパ福岡とは何ですか?」

軍「あんまり深く考えたことないなぁ・・・。自分にとってなにか、ではないと思いますね。

蜂軍曹は「アビスパ号」に乗っていわゆる人生の旅をしている最中なんです。サッカーだけにとらわれない旅をしている最中なんです。

旅先で途中下車すれば、そこでハプニングもあれば、楽しいこともある。

行き先は・・・行き先を確かめようと、切符を見るんですが、なんにも書いてないんですよ。行き先が。白紙なんです。「アビスパ号」に乗って、前に進むだけ・・・。

ドコに行くんだろう・・・と、ドキドキしている自分が居る。ワクワクしている自分も居る。行き先が書いてないのは‘ドコまででも行ける’んだということなんです。

行けるところまで行ってみたい・・・ですね。

まだまだ先のことになりますが、終着駅に着いたときに、初めて‘アビスパとは何だったのか’を答えられると思います。」

(終わり)

※注:軍曹のこのコメントは、アビスパのチャント「アビスパ福岡 我らのすべて 誰も止めれない 愛する気持ち」に掛けている。

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蜂軍曹 ロングインタビュー その3

(柏レイソルがアウェイ軍曹お気に入りの宇野沢祐次に0円提示し、宇野沢はアビスパ福岡に入団・・・。その結果、2つのチームを愛することになった軍曹。新たに生まれた‘蜂軍曹’は、迷走するアビスパと正面から向き合うことに・・・。怒涛のインタビュー第3弾!)

X「蜂軍曹さんが住んでいるのは東京。アビスパ福岡のホームは福岡市。あまりにも遠すぎます。アビスパを本格的に応援するなんて無謀もいいところです」

軍「アビスパのすべてのゲームに現地スタメンできるとはさすがに思っていませんでした。体は1つしかないわけですから。スケジュールの合間を縫って、アビスパの試合を見に行くことにしました。誤算は・・・宇野沢がいつもスタメンとは限らない、ということですね。」

X「最初の遠征は・・・徳島ですね」

軍「ここでは06年の経験が役に立ちました(笑)スムーズにスタジアムへ辿りつけましたよ。GWということもあり、休みをとって徳島に行きました。宇野沢はケガで遠征に帯同してなかったかな・・・」

X「ここでアビスパの試合を、アビスパサポーターとして初めて見たワケですね」

軍「鳴門のバックスタンド、芝生席で見てました。宇野沢は居ないし、試合中は座りながら手拍子をするくらいでした。」

X「試合を見ていくうちに・・・?」

軍「・・・やっぱりね、見ちゃうんですよ。イイ選手居ないかなって。頑張っているヤツが居るな、と思ったら田中佑昌でした。04年入れ替え戦にも出てましたね。そしてリンコン。結構巧いな、と思いました。

あ、あと試合前にアウェイG裏を散策したとき‘ウルトラオブリ’を初めて至近距離で見ました。太陽レイ研で慣れているせいか・・・‘普通の’勢いのいいあんちゃん達だな、というのが第一印象でした。」

X「その次は、同じく徳島戦。入れ替え戦以来、博多の森(現:レベルファイブスタジアム)に再びやってきましたね」

軍「通りすがりの蜂さんに初めてお会いしたのもこの試合でした。事前にね、行きますよ、ってTR掲示板に書いて、そしたらぜひいらしてください、と返事をいただいて。宇野沢のレプリカユニフォーム着てます、っていったらすぐに見つかってしまいました(笑)。‘宇野沢の着てる人なんてなかなか居ませんから’って(笑)」

X「博多の森でも勝ち、博多で初の祝勝会でした」

軍「博多レイソルさんと初めてお会いした‘ほく菜’でね。・・・メニューまだ制覇してないよ(笑)。残念ながら私は最近糖尿病を発症してしまって、食べたい物をいくらでも食べられなくなってしまったけど、絶対また行きたいね。」

X「真夏の緑蟲駆除も成功しました」

軍「あの日、むちゃくちゃ暑かった。でも、蜂軍曹不敗神話ができた。」

X「07年は平塚にも行きましたね、あと笠松も」

軍「平塚は七夕祭りの日と、最終戦のひとつ前の試合。2勝したね。七夕祭りの日は駅前がすごい賑わいだった。11月の試合では博多レイソルさんに‘どっから見てもアビスパサポ’って言われたね(笑)。笠松は夏休みだったから行けた。」

X「07年は昇格できず、宇野沢も1年でまたしても0円提示を受けました」

軍「プロは結果なんだなと。当たり前ですが、そう思うしかなかったです。リトバルスキーが理解不能な使い方をしてましたが、やはりそれでも結果を出さないといけなかった。厳しい見方になってしまいますが、アビスパでも本当に‘死に物狂い’ではなかったのかな・・・これはまあ想像ですけどね。1年はあっというまでした。」

X「宇野沢がアビスパを退団。蜂軍曹も終焉を迎えるはずでした」

軍「・・・ね。でも、そうは問屋が卸さない(笑)。やっぱり、人との縁ができたのがデカい。それはもう、自分だけでは作れないからね。ひとりきりで福岡遠征してたら、蜂軍曹はもうこの世には居ませんよ。

そういった‘縁’ができるっていうのは、サッカーの醍醐味のひとつでもあると思います。これだから遠征はやめられないね。

この場を借りて、お礼を言います。出会えたことを誇りにすら思います。通りすがりの蜂さんに出会えたことを。博多レイソルさんに出会えたことを。お二人にはほんと感謝してます。そして、これからも福岡にお邪魔しますよ(笑)。大分にも・・・?

宇野沢という‘中身’を失いましたが、蜂軍曹は新たに生まれ変わりましたよ。宇野沢を忘れたわけじゃないけど、レイソル・アビスパ・そして宇野沢を通じて友人ができた。それはとても素晴らしいことだと思います。」

X「ニュー蜂軍曹誕生、というわけですね。そして08年はなんといっても・・・」

軍「九州ダービー。初見参でした。前節からもう見ていられなくて、急遽参戦。」

X「ユースケのゴールのとき、すごい形相でしたね」

軍「ようやく、真のアビスパサポーターになれた試合だったと思います」

X「また、秋には祝勝会でも新たなお店が」

軍「馳走や直!その節は大変お世話になりました。両親もお世話になりました。またぜひ行きたいッスね。今からでも(笑)」

X「でも糖尿病・・・」

軍「いいじゃないか・・・別に。食べなきゃ人は死んじゃうんだぞ(笑)」

(その4へつづく)

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蜂軍曹 ロングインタビュー その2

(蜂軍曹はなぜアビスパ福岡を応援するのか・・・過去に遡り、軍曹と博多を繋いだモノ。それは中洲のネオン、そして筑紫の自然であった。そして倒さねばならない敵として目前にアビスパ福岡が現れたとき、軍曹は何を思ったか・・・ロングインタビュー第2弾がここに!)

X「・・・04年の入れ替え戦、2試合トータルで0-4とアビスパ福岡は完敗しました。アウェイ軍曹の心配は杞憂に終わりましたね」

軍「入れ替え戦が終わった直後は‘やっぱりJ1とJ2は実力が違うよな’という感想を持ちました。しかし、05年にJ2にレイソルがヴァンフォーレに叩き落とされたときに、ふと04年のことを振り返ったんですが、実力が違う、というのは大きな間違いだと気づきました。

‘たんに運が良かっただけ’が04年に残留できた第一の理由。そして‘リカルジーニョの復帰に間に合った’これが第二の理由ですね。

X「リカルジーニョ選手はとくに目立った活躍はしていなかったようですが」

軍「・・・レイソルのことを私がここでペラペラとしゃべるのはどうなのかな(笑)まあ、リカルジーニョが居ると居ないじゃ全然違いますよ、当時のレイソルは。アビスパにとっても不気味だったと思いますよ。」

X「・・・04年は福岡はJ1に上がれませんでした」

軍「米田や増川が抜けたのに、翌年は2位でフィニッシュ。05年はJ1から落ちてきたチームが無かったから2位抜けできた・・・と人は言うかもしれませんが、私は素直に賞賛するべきだと思います。

05年の足利での草津戦、TVのLIVE放送を見てましたが、コアサポが出していた‘J2のみなさん、 お世話になりました’のゲーフラがね、ツボにはいっちゃて・・・笑えましたよ。まあそれは置いといて、04年にしのぎを削った間柄ですからね・・・翌年の昇格は自分のことのように嬉しかったですよ。」

X「05年は柏が最悪でしたね」

軍「それはアウェイ軍曹がいつか語ってくれるでしょ(笑)」

X「06年、アビスパ福岡は念願のJ1で頑張ったのですが・・・」

軍「06年は記憶がごっそりと抜けているんだよね(笑)・・・松田解任・長谷川事件・川勝就任。いろんなことがあったけど、入れ替え戦枠がやっとだった。06年では私はなんの力にもなれなかったね・・・」

X「06年はまだバリバリのレイサポだったんですか?」

軍「そうですね。もう1度、入れ替え戦でアビスパとやるつもりではいました」

X「06年の入れ替え戦は、アビスパ福岡VSヴィッセル神戸となりました」

軍「サポ仲間はほとんど神戸を応援してましたね。その気持ちは理解できました。神戸は06年のJ2を共に闘った仲ですからね。

でも私は04年の入れ替え戦の思い出が強烈だったのと、博多が・・・福岡が好きだったから、アビスパを応援してました。入れ替え戦はHUBというアイリッシュパブで観戦してました。」

X「いかがでしたか?試合をTVでご覧になって?」

軍「第1戦は消極的すぎたかな。第2戦は・・・圧巻は布部の同点ゴールのとき。あのときは遠く離れた柏のHUBですら爆発しましたよ。博多の森(現:レベルファイブスタジアム)じゃものすごかったんだろうなと。同点にして、まだもうちょっと・・・時間は残ってたんですよね。もうね、攻めろと。ハイリスク覚悟で行けと。今思うと濃厚な時間でした。」

X「福岡は1年で降格が決まってしまいました」

軍「そうですね。そのときは‘まあまた頑張れよ’と、軽い気持ちでした、他人事みたいでホント申し訳ないです。」

X「でも、実際にはそうはならなかった。なぜですか?」

軍「宇野沢祐次・・・。彼が07年にアビスパに入団しなかったら、蜂軍曹も・・・もしかしたらこのブログも無かったかもしれないですね。レイソルが0円提示して、トライアウトで入団が決まった・・・。レイソルが使いこなせなかった人材をアビスパが獲得し、J1昇格の原動力にする。長年応援していた選手がアビスパに来たんです。宇野沢とともに、アビスパを本格的に応援することに、抵抗などありませんでした。」

X「アウェイ軍曹として、レイサポとして・・・今までの自分に整理をつけて、蜂軍曹になったのですか?」

軍「正直に言うと、レイソルサポーターとしての自分は、レイソルが宇野沢に0円提示を食らわせたときに1回終わってしまったのだと思います。そのときにアウェイ軍曹の中身は空っぽになってしまったのです。ただ・・・器としてのアウェイ軍曹はまだ存在していましたが、中身である宇野沢はアビスパへ行ってしまった。

器の中身が空っぽのアウェイ軍曹と、中身だけの?軍曹。

福岡県に愛着がある、という私の中のかねてからの想いが、新たな器をつくり、そこに宇野沢という中身を入れて、形作ったのが・・・蜂軍曹じゃないかな(笑)」

(その3へ続く)

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蜂軍曹 ロングインタビュー その1

インタビュアーX、(以下「X」)「こんばんは。今日は蜂軍曹さんの人となりを知ってもらうためのインタビューをします。よろしくお願いいたします。」

蜂軍曹(以下「軍」)「シクヨロです」

X「まずは蜂軍曹と博多(福岡市)、福岡県とのつながりというものは、どういうものなのでしょうか?」

軍「信じてもらえないかもしれませんが、もともと私は博多という街が好きだったのです。初めて訪れたのが23歳のとき。中洲・天神という夜の繁華街を練り歩き「ココはまさしく桃源郷だな」と思いました

そのとき流行っていたのでしょうか「ふんどしパブ」という業態の店があることを知り、またその店の看板を見て度肝を抜かれました。そんな思い出もあります。」

X「まずは博多の風俗に触れて、感動したのですね?」

軍「ふんどしパブには結局入りませんでした・・・当時23歳で、まだそういう方面にはうとかったもので。ただ、その後に訪れたときには、博多の夜を満喫したことを否定はしません。」

X「夜の博多の街に触れただけで、福岡を好きになれるものなのですか」

軍「そう単純なものではないです。ビジネスでも博多に訪れましたし、昼の良さも知っているつもりです。

また、博多は福岡県のすべてではありません。北九州や門司港にも27歳のときに訪れました。玄界灘で獲れた海の幸。最高です。

そして鉄道に乗って福岡県内の風景を車窓からずっと眺めました。海・山・田園風景を眺めました。そうすることによって自分の心が癒されていくのがわかりました。時の経つのを忘れるくらいに鉄道に乗って窓の外を眺めてましたね・・・。」

X「福岡県や博多が好きなのはなんとなくわかりました。ではアビスパとの出会いは?」

軍「まずは藤本主税。今ではアビスパに所属していたことなんか微塵も感じさせないですが(笑)彼のプレースタイルが好きでした。

さらにフェルナンド。ほぼパーフェクトなボランチでした。

そして「神を見た夜」。TVでLIVE放送された日本のサッカーの試合で、これ以上の試合を私は知りません。」

X「ずいぶん古くからアビスパを見てらっしゃるのですね」

軍「古くはないと思いますが・・・。その後アビスパがJ2に落ちてしばらく試合を見てませんでしたが・・・そう、04年の入れ替え戦。そこで再会したんです。

第1戦は博多の森(現:レベルファイブスタジアム)に日帰りで行きましたが、行きの飛行機では不安に苛まれました。

そのときはまだアウェイ軍曹ですからね。バリバリのレイソルサポーターですから(笑)。

福岡空港にはキックオフの時間のかなり前に到着しましたが、スタジアムに行きたくても行く勇気がでなかった。土壇場になってね。もうどうにもならないのにね(笑)。空港の喫茶店でコーヒー飲んで・・・おかわりして・・・行かなくちゃと思いながらね・・・。

よっぽど怖かったんでしょうね。下馬評では明らかにアビスパ有利。先週は大分で大恥かきましたし。今日負けたらアレ以上にヘコむわけですから・・・。・・・スタジアムに行くのが怖いだなんて、今振り返ってもこのとき以外はありませんでしたよ。」

(その2 に続く)

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軍曹名場面集(08シーズンその1)

第1位 等々力ダッシュ その1

アレックスゴールの瞬間、G裏の最前列の塀まで猛然とダッシュ。塀に登り、雄叫び。

第2位 九州ダービー ユースケゴール

ユースケシュートの瞬間、「決まった」と信じガッツポーズ。その直後、通りすがりの蜂氏にものすごい形相でダッシュ、ハイタッチ。蜂軍曹パワー恐るべし。

第3位 等々力ダッシュその2

パンゾーゴール。瞬間遅れるも塀に登る。鈴達ゴールと信じてチャント歌うも、実はパンゾーでした(笑)

第4位 フクアリの咆哮

この日、選手登場時からチャント歌いまくり。その時点で軍曹は目に涙をためるほど気合が入る。そしてまたしてもアレックスゴール。ゲリラ、パーシモン両氏、周りの柏サポとハイタッチ。

第5位 西京極のジャンプ

チュンソンゴール。決まった瞬間、たぶん今までで最高の「垂直高飛び」の記録がでたんじゃないか?くらいのハイジャンプ。

名場面集、もっともっとありますように・・・

 

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ぐんそうのおたんじょうび

昨日、3●歳の誕生日を迎えました。

あいにく残業でしたが、職場でケーキを出してくれました。ありがたいことです。

そして、ココに集う方々にひとこと・・・。

いつもありがとうございます。皆様への感謝の念が抑えきれません・・・いますぐにでも体じゅうで表現したいくらいです。

そして、

よくカキコしてくださる3名の仲間へ。

・ゲリラさん・・・いつも世話になってます。なんつっても奥さんが同級生ですしね、なんか他人の感じがしません。 奥さんが同級生であることを知るまでは「ヤンキーパパだぁ・・・」と失礼なコトを思ってました勝手に怖がっていましたが(笑)、いまでは頼りになる兄貴分です。 いつもゲリラさんがおっしゃっている「家族」に私も加えていただいて、嬉しいです。3人のお子さんの健やかな成長をいつも願っています。いつまでも「親バカ」そして「柏バカ」でいて下さい。

・丙種合格さん・・・「伝説の函館」以来、自分でもよく続くなぁと思うくらい、書簡(メール)のやりとりをしています。 ネガる丙種さんを私が励ましたり、悩みを抱える私の相談相手になってくれたり、私の心の支えのひとりとして、魂に刻まれています。 丙種さんにもお子さんが2人いらっしゃいます。 ふたりとも強くたくましく育ってほしい・・・親父を超えるくらい、体も心もデカく成長してほしいです。 そして私は・・・これからもネガる丙種さんを励まし続ける軍曹でありたいです。

・通りすがりの蜂さん・・・私たちを繋げる「アビスパ福岡」とはいったいなんなのでしょうか。最近ふと口ずさむ歌は、ポポの歌かユースケの歌。正直ここまでアビスパに心動かされるとは思いもしませんでした。 J2というものを知ってしまってから、とめどもなく溢れる私の「サッカーへの想い」は、柏だけでなく、いつか福岡をも飲み込んでしまうのでしょうか・・・。  ともかく私の「サッカーの旅」はまだ当分続きそうです。共に轡を並べ、海神(キング〇ルⅡ世)や葵の御紋や狼やら・・・あらゆる敵を蹴散らしましょうぞ!・・・そして来年は海豚や鹿や赤や犬狩りにも行きましょう! これからもよろしくです!

御三方以外の方も・・・ココをご覧になっていらっしゃる方に、幸多からんことを祈ります。

これからも、軍曹は頑張ります。

・・・普段の仕事も、頑張ってますよ~(笑)

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谷澤達也

いつまでも、ずっといつまでも居て欲しい選手ではありましたが、現実は厳しいものです。

いつまでも「お子ちゃま」を抱えているワケにはいかない。

高みを目指すのなら、いっそのこと命綱を切って放り出してしまったほうがむしろ本人のためではないか・・・。

彼は確かに愛すべきキャラクターで、ドリブルも変幻自在で独特でした。

それでも、レイソルではレギュラーになれなかった。

何が足りなかったのか、それともレイソルに見る目がなかったのか。

その答えは千葉で出してほしい。

いまのままの谷澤でもいいけど、成熟した「谷澤」も見てみたい。

死にもの狂いで頑張れ!!

おまけ

私的ヤザー名場面ベスト3

〇入れ替え戦、博多の森での2点目ゲット&日立台でのシザーズ。

〇J1昇格決めた平塚での先制点。そのきっかけとなった速いセットプレーの一連の動き。

〇トントントントンワシント~ン?!

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にんげんクローズアップ Vol.2 岡山一成 編

このコーナーは、軍曹があるサッカー選手等についての思い出に浸るコーナーです。

驚愕の第2回は、誰もが認める「エンターテイナー」 岡山 一成 選手です。

「やっぱり、居ないと寂しいです。今は仙台で頑張っているし、こないだはみちのくダービーでゴール決めたし・・・だんだんと離れていってしまうのではないかと思います。

やっぱり‘日立台劇場’の主役はあなたです。今も勝利のダンスは続いていますが、企画・立案・演出のあなたが不在だと、やっぱり何かが足りないです。‘バカ’が足りないのかも・・・。サポのバカ度は充分ですが、選手側がちょっと不足気味?

しかし、勝利のダンスを初めてやった敷島、そしてユアスタ・・・正直あのときはホントに嬉しかった。選手と一体になれた気がして・・・心底嬉しかったです。そして「柏バカ一代」を完全にサポに浸透させたのもあなたです。自分から歌うなんて・・・あれから、柏バカ一代はすっかり柏の公式ソングです。

・・・いつぞやの鳥栖戦オウンゴール、そして札幌戦の大逆転負けが、あなたの自信やらなにやらを奪っていった・・・ようなコメントに、責任感の強さが窺えました。決してサポーターに媚を売っているワケではない、サッカー選手としての矜持というものもしっかり持っているプレイヤーなのだと、あの「夏祭り」の夜に改めて感じました。

仙台を昇格させるため・・・

もう一度レイソルでレギュラーを獲るため・・・

2つの理由。両方とも、真実でしょう・・・だから、頑張れ。

乞われて仙台に行くのだから、しっかりと責任を果たして、帰ってきてほしい。

そして来年は古賀正紘・小林祐三・近藤直也・鎌田次郎とレギュラーを争って、

・・・自分のポジションを、スタメンを、奪うんだ。

そして、二度と渡すんじゃないぞ・・・。」

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にんげんクローズアップ Vol.1 加藤 望 編

このコーナーは、軍曹があるサッカー選手等についての思い出に浸るコーナーです。

栄えある第1回は、誰もが認める「ミスターレイソル」 加藤 望 選手です。

「生まれて初めて、サッカーチームのレプリカユニフォームを買った場所が日立台で、背番号は11でした。1万円ちょっとしましたが、とても嬉しかったことを覚えています。もちろん11番が誰か、知っていて買いました。他の番号になんて目移りしませんでした。

たぶんそれ以前からもう、望が好きになっていました。レイソルといえば望。ピッチにはいつも11番が居て、いいところで点を獲ってくれる。頼もしい存在でした。

西野監督時代でも不動のスタメンでした。トップ下もやるし、FWもできる。頼れる存在でした。

アウレリオ監督以降は大野敏隆に「譲る」形で、だんだんと出場機会が減っていましたが、ここぞというときには必ず仕事してくれました。試合に出られなくても、一生懸命練習していた姿は、若手はもとより薩川にも多大な良い影響を与えました。まさにサッカー選手の鑑です。

そして湘南への移籍・・・今でも立派にスタメンを張っていることは、レイサポにとっても誇りであります。スタメンに望の名前がある・・・それだけで、ピッチを縦横無尽に駆け回る望の姿が、レイサポには容易に想像できます。

緑と青のユニフォームを身に纏う望・・・最近はそっちのユニフォームも似合うようになってきたような気がします。

今もなお無尽蔵のスタミナ、そして決して枯れることのないサッカーへの情熱。

それらを具現化した人間が、加藤 望。

今までずっと応援してきました。そして、これからもずっと、応援させてください。」

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